許すということの本当の意味

ただ思ったこと

りんごですが🍎最近、許すということについて考えます。

まず、「許せない」と思うことがある。

考えただけで怒りに震えてしまうようなものごとがある。多分みんなあると思う。

許せない物事を、人はどう処理していったらいいのかな。

どう乗り越えていったらいいのかな。

怒りや悲しみは、理不尽に訪れる。

例えば、自分の自転車が誰かに盗まれたとする。10万以上する自転車。大事にしていた自転車。誰かに盗まれた。「ちくしょう、腹がたつ!」となる。そりゃ、なるでしょう。
だって自分は悪くない。窃盗をした人間が悪い。
しばらく不快な気持ちにとらわれる。大事にしていた自転車だから、1週間ばかり引きずってしまうかもしれない。
ここで「自分」は、2つのダメージを受けてる。
「自転車がなくなった」ダメージ。(移動手段どうしよう。新しい自転車買わなきゃだ)
もう一つが、
「盗られたことを思い出し、怒りを感じる」というダメージ。(むかつく!自分は悪くないのに。ろくでもない奴がいたもんだな!!)
この2つのダメージは同じじゃない。
人はこのような状態を「自転車を取られたことで怒っている」というふうにダンゴにしてしまいがちだけど、

明確に言えば後者のダメージは、「許せないことによるダメージ」だ。究極のところ、自分で生み出しているダメージなんだよね。認めたいことじゃないけど。

シチュエーションを変えてみればわかる。自転車がなくなったのが、たとえば事故のせいだったとしたらどうだろう。たとえば、「強風で倒れた看板の下敷きになった」とか。
ここでも、「自転車がなくなった」ダメージは同じなのに、
「怒り」を感じる相手、許せない相手がいないから、「許せないダメージ」は存在していない。

起きたことは同じなのに、その責任が誰かにあるというだけでこんなにも不快になるなんて、なんとも不思議なもんだなと思う。

「許せないことによるダメージ」は、自分で生み出しているダメージだ。
だから自分で消すことができる。いとも簡単に。
「ただ、許す」だけなんだ。
盗んだ奴がいるけど、そいつを許す。本当に許すことができれば、怒り=許せないことによるダメージは消失する。

許せばいい。でも、そんなの無理!!!!なんだよね。だから苦しい。
10万以上する自転車を盗んだやつ、許せない!絶対ゆるせない!となる。(こんなこと言ってる私も無理だ)
許すなんて無理!
じゃあ、さて、いったいなぜ無理なのか。

だって自分は悪くない。
謝られてもいないのに、許せない。
窃盗を許すなんてありえない。
たとえば、盗んだ本人が、その自転車をあなたの元に返しにきたとする。
「あ、自転車が戻ってきたならもういいや、オッケー♪」とはならない。
「謝れよ!おまえ、こんなに迷惑をかけやがって!!」って思っちゃう。私は。

なぜ人はこんなにも、「許さない」ということにこだわるんだろう。
だって、「許す」ということにはなんのコストもかからないのに。
ただ忘れるだけだ。ただ、怒るのをやめるだけだ。エネルギーはいらない。
なのにそれができない。
むしろ「許さない」ということにはものすごいエネルギーがいるのだけど、冷静さを失ってうrときって、「許さない」ことにエネルギーをとられ続けることなんて、「なんの見返りもなしに許す」ことに比べたらどうということもないみたいな感じ。

許せない誰かがいる。私はなぜ許せないのだろう?なんの見返りもなしに、なんの損得もなしに、ただ許すということがなぜ出来ないのか。
掘り下げていけば、たどり着く答えはただ一つ。
「損している気分になるから」。
本当にこれだけなんだよ。

そういうところが、「許す」「許さない」って面白いな、と最近思う。

と、ここまで話をすすめると
「窃盗を許すなんて、犯罪者をのさばらせるだけ」みたいなことを言う人がいるかもしれないけど、「自分がされた過去のことを許すこと」と、「再び同じことをされてもいいと許可すること」は全く別のことだ。
「過去の浮気を許した」からと言って、今後も浮気をしてOKと言っているわけじゃない。
窃盗を許すというのは、窃盗を通報しないということじゃない。
しっかり通報し、罰し、二度とさせないようにする。その上で、心では犯人を許し、今後はそのことを思い出さない。
人は、そんな風に誰かを「許す」ことが出来るんじゃないか。
そういう「許し」を実行できたら、得をするのは犯罪者ではなく、被害者の方なんだと思う。許しはいつだって、許す方の人間にメリットをくれる。

犯罪者は、「許されたからまたやろう!」とか思うわけじゃない。やるやつはまたやるのだ。許されなくてもまたやる。やるやつは、「許さない!」と言われても「許す」と言われても、勝手に許されている気持ちになっているし、もうやらない奴は、同じようになんと言われようと、「自分は許されないことをした」と思うからやらないのだ。ね、そうでしょう。

人間って不思議だね。

その不思議さの一端を、許す、許さないという話の中に見た。

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