自分や他人を見て「ブスだ」と思うのは美意識が未熟だから

見た目の話

親にブスと呼ばれて育ったけど意地で美人枠にめり込んだ女、乾酪りんごです🍎

近頃、「ブス」っていう言葉は人を侮辱するしょうもない言葉、これは言う奴がバカ。言うべきでない言葉。っていう共通認識みたいなものが社会に広まってきたのかなと思う。

たしかに、「ブス」なんて積極的に使いたい言葉ではない。

でもその一方で、「ブス」という言葉に過剰反応しなくたっていいじゃない、とも思う。

言葉はただの言葉だもの。

ブスという言葉がなくたって、人はきっと何か代わりのものを見つける。

だから言葉なんかぜんぜん問題じゃない。

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「ブス」は諦め、見放しの言葉

そもそも「ブス」って何なの?たった2文字のくせして、いや2文字だからこそなのかもしれないけど、パワーがありすぎるよね。

ブスって言葉にはただ単に「美しくない」って意味だけじゃなく、「どんなに努力をしても美しくなれない」「未来永劫醜い」みたいな意味合いが絡まってる。

「ブス」という言葉を使う人は、きっとこんな言葉も使うだろう。「ダメ」「無理」「どうしようもない」「いいところがない」。

これら全て、諦めの言葉だ。物事を考えるのが面倒だから、文字をパッとはりつけて考えないようにするための言葉。

美しさは美を見出そうとする人にのみ開かれる

美しさってなんだろう?

バラは美しい。若い女性は美しい。白鳥は美しい。大きな目は美しい。筋の通ったまっすぐな鼻も美しい。たしかに美しい。

でも、視野を広げ想像力を広げれば、美しさってそれだけではないことがわかる。

ひまわりは美しい。老いた男性も美しい。スズメも美しい。小さな目も、まがった鼻も美しい。

美しいものを見出そうとする人には、美しいものが無限に見つけられる。

けれど美はあれだ、美はこれだと決めつけて、それ以上探そうとしないのならば、世の中はくすんで見えてしまう。

美意識がしょぼいから「ブス」という決めつけをする

小さい女の子の多くは、「ピンク=かわいい」だと思っている。「水色もかわいいよ」とか「茶色もかわいいよ」なんて言っても、彼女たちは「水色なんて、茶色なんて可愛くない」と反論する。

それはどうしてだろう?水色や茶色は可愛くないから?勿論違う。ただ彼女たちが子供で、まだそれほど多くの「可愛い」に触れてなくて、美意識が子供だからだ。

可愛いものを見続けてきた大人の女性は、水色や茶色が甘くて可愛い色だと知っている。

「かわいくない」も「ブス」もおんなじである。「ブス」なんて言葉を使う人間は、ただ美意識が子供っぽいだけなのだ。美を見出すセンスがないだけなのだ。

だからもしあなたに「ブス」なんて言ってくる奴がいても、ぜんぜん傷ついたりする必要はない。お子ちゃまだねえで済む話だ。

もし、自分に自分で「ブス」なんて言ってるのなら、ちゃんと反省して美意識を磨いた方がいい。

あなたに必要なのは美容整形ではなく、美しいものを見出すセンスだ。

本気で探せば、美は必ず応えてくれる

見つけようとする決意があれば、美は必ず見つけられるんじゃないかな。

美を限定するのはいつだって観察者だ。

鏡をじっと見ても何もみつけられないというのなら、真面目な話、美術館に通ったり映画や演劇を見た方がいいと思う。

様々な美に触れれば、もっと美の世界は広げられる。

目線を変えれば便器だってアートになるんだ、諦めんな!

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