親が間違えても、自分で自分を育てなおせる

心の話

リンゴだよ🍎

私は半分趣味みたいな感じで心理学の本をよく読むんだけど、

心理学の専門家はほぼ100パーセント、人の心のクセは、幼いころの周囲との関係、特に親との関係の中で育まれているという指摘をしますね。

で、それはその通りなんだろうなと思うんだけど。そういう指摘をされると、

「親と仲直りしなきゃ」とか焦りを感じたり、

「自分の親がもっといい親だったら良かったのに」と怒りを感じたりで、

毒親育ちピープルは心穏やかではいられないよね。

私もそーです。

だって私たちはもう大人になってしまってる。そして親は頑固な年寄りになってしまってる。

私の抱えている問題が親のせいだとしたら、解決が困難すぎるよね。

今から過去に戻って、親に説教できたらいいのにね。

親と仲良しの人、ほんと羨ましいよね。

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毒親育ち、親と向き合うの辛すぎる

毒親育ちにとって、親っていうのは一つの禁句みたいになってると思う。

親という言葉に、嫌な想い出の数々、周囲からの説教の数々、他の家族を羨む気持ちなどなど、負のオーラが絡みつき過ぎて、

OYAっていう響きを聞くだけで若干しんどいんだよね。私はそうだよみんなはどうかな。

で、あなたの今の諸々は親のせいだよ!って言われると、

もう全くその通りではあるんだけど、全身の血が滾っちゃうというか、抑え込んでる怒りと悲しみが爆発して憤死しちゃいそうになる。私はそうだけど皆はそうでもない?あれ?笑

苦しんで、その問題を掘り下げると出てくるのは親、やっと回復したと思ったらまた辛くなってきて、その問題を掘り下げて出てくるのは親、また親、親、親、親…。

もうどこまで開けてもいつまでもいつまでも、掘っても掘ってもマトリョーシカ状態で、ひたすら「親」が顔を出してくる。

被害者だと確認され続ける辛さ

どこまでいっても自分は親からの影響を受け、ダメージを受けてるんだな、どこまでも支配されてるんだなって、思わされるのはかなり辛い。

人間皆そういうものなのだとしても。

毒親育ちは一生親から逃げられないのか…とか思ってしまう。

今抱えてる辛さに真摯にじっと一人で向き合ってると、自分の抱えてる痛みの途方もなさ、取り返しのつかなさに泣いてしまうし、もうずっと自分はこうやって生きるしかないのか、なんて絶望に打ちひしがれてしまう。

もうこうなっちゃうとダメなんだ。何もかも嫌だ、自分なんてもうダメだ、人生は暗くて辛い、みたいな悲劇モードに入っちゃって、しばらく泣きまくって彼氏とかに喧嘩をふっかけて、仲直りすることで得られるカタルシスと共に洗い流すしか方法がなくなる(私これよくやってた。みんなはどうかな!流石に私だけか!)

悩みから掘るより、解決した前提から掘る

で、私はこういうことを死ぬほど繰り返してきて悟った。

「もうこの先もずっと親問題が出てくるんだから、掘り下げるのはやめよう」と。

悩みが出てきたその瞬間、その点から掘ると、また親と鉢合わせすることになる。それがわかってるなら、掘らなきゃいいのだ、掘らなきゃ。

でも問題を放っては置かないの。放って置いたり我慢するのはもっと良くないことだってわかってる。

だから、問題に対処する方法を変える。悩んでいる点から掘るんじゃなく、悩みが解決した後の立場に立って、そこから掘ってみるの。

「今、辛くないとしたらどうしてだろう」と考えるのだ。

×「私はなぜこんなふうに考えてしまうんだろう?」→

◯「こういう風に考えない人は、どう考えるんだろう?」

×「私はなぜ人をもっと大事にできないんだろう?」→

◯「人をもっと大事にできる人は、どんな人だろう?」

×「私はなぜ行動的になれないんだろう?」→

◯「行動的な人は、どのようにモチベーションを上げてるんだろう?」

なんかね、ニュアンス伝わるかな。こんな感じ。

こういう掘り下げ方でも、ちゃんと問題の根幹にフォーカスできるんだよ。

だから、その場しのぎになるわけでもない。

どうして自分はダメなんだっていうことを考えるよりも明るく問題解決できる。

私たちみんな、いつまでも親に引きずられるよりも、ちゃんと自分で自分の問題を解決していきたいじゃん?親が失敗したことをなんども思い出すより、自分で自分を育てる方法を真面目に考えていきたい。私たちにはそれができるはず。

たとえ親がクズだとしても、私たちはたった一人でも、立派な人間に育っていけるはず。

今からだって、絶対大丈夫。自分で自分を育てなおせる。

そう信じて頑張りたいよね。

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