傷ついても大丈夫だし、傷つけても大丈夫

ただ思ったこと

🍎です。
「心の傷」について。
トラウマみたいに大きな傷でなくても、人は他人のちょっとした言葉や行動で傷つくことがある。

例えば私は、「お前はろくに仕事ができないのにプライドばっかり高いな」とか言われたら傷つく。

私の独身の友人は、幼馴染に「ずっと1人で暮らしてて寂しくないの?」と言われて傷ついたと言っていた。

傷つけたくない、傷つきたくない

傷つくのは辛い。できれば傷つきたくないと思う。だから傷ついてしまった時、その傷の原因になった人を、責めたい気持ちになる。

「あなただって、こんな風にダメなところがあるじゃないの」とかそんな風に。間違いをあげつらって、傷をつけてやりたくなる。

だからこそ、他人を傷つけたくないと思う。誰かを傷つけてしまったら、必ず傷つけられてしまうから。

私たちはどこかで、「傷つけてしまったら、お返しに傷つけられるのは当たり前だ」と思っている

節がある。

だから傷つけないために、気を使う。気を使って使って使いまくる。

友達からのLINEに、どう返事をしようか悩む。思っていることをそのまま書いたら傷つくだろうから、こういう表現ならいいかなとか。でもこういう言い方はダメかなとか。

私たちは傷つくのと同じくらい、傷つけることを怖がる。

誰も傷つけたくない、誰からも傷つけられたくないから。

傷のために犠牲にするもの

でも、もしかしたら私たちには、もっと違った選択肢があるんじゃないだろうか。傷つくのを怖がるあまり、傷をおおごとに捉えすぎてるということもあるんじゃないだろうか。

傷がなんだと言うんだろう。
いや、真面目な話。

心が傷ついた。だからなんだっていうんだろう?

苦しい。つらい。いてもたってもいられない。何かを、誰かを傷つけたくなってしまう。しばらく笑顔になれない。全てに批判的になる。自分が嫌いになる。なにもかも終わりだと思う。

傷つくとそんなふうになる。
でも、だからなんだって言うんだろう?

私は、私たちは、これまでも何度も何度も傷ついてきた。そしてその度に立ち直ってきた。

なにも終わりじゃないし、自分を好きになれるし、全てを肯定的に捉えることができるようになる。

笑顔になれる。

人に優しくなれる。

私たちは傷つくけど、傷から回復する力もちゃんと持っている。

私たちは、傷ついても大丈夫なくらい強い。今強くなくても、きっと強くなれる。

傷を恐れない選択をしたい

積極的に傷つけられたいとは思わない。

それに、もちろん、人を傷つけたいとは思わない。もちろん。

わざとそんなことは、しない。

でも、傷を恐れるあまり、自分の心や人生を箱に入れて、なににも触れさせず暮らすようなことはしたくない。心や人生は、何かに触れるためにあるんだから。

私は傷つく。そして回復する。

何度もなんどもそれを繰り返して、もっと強くなる。

すると、もっとたくさんのものに触れることができるようになる。傷つかずに、それに触ることができるようになる。

だから傷ついても大丈夫。私はきっと大丈夫。

そして私でないみんなも、傷つくことがある。

わたしが傷つけることもある。でも、過度に心配しないでおく。

だってきっとみんなも、傷から回復することができる。みんなも強くなれる。

心に傷を追ったくらいで、ダメになる程人生は、心はヤワじゃない。

きっと大丈夫。もっと信じる。そう信じることで、きっともっと人は強くなれるんだ。

そういう生き方が、きっとある。

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