人生、勘違いしたもん勝ち。みんなの笑い者になってやる

ザ自己啓発

🍎です。

何かやりたいとか。

ちゃんとしたいとか。

もっと成長したいとか。

もっと綺麗になりたいとかもっとモテたいとか成功したいとか。

なんか願望を持っていて、そのための方法を知ったとして。

最後に足を引っ張ってくるのが、

「こんなことして、周りに笑われたらどうしよう」

「こんなことして、失敗したらみっともない」

そういう他人目線だよね。

他人は自分を幸せになんかしてくれないのに、どうして私たちはこんなに周りのことが気になるんだろう?

どうしてこんなに、みんなに褒めて欲しいんだろう?

とにかく私たちみんな、完全無欠の成功者でいたい。

ダサいことはしたくない。

かっこよく失敗せず、軽やかにスムーズに成功したい。

そんなの無理だってわかってるのに、どうしても動き出せない。

ふしぎだよね。

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恥ずかしい成功はしたくない

なんかどう考えても変だったりおかしいのに、本人はそれに気づいてなくて調子に乗ってる、みたいな状態の人を見ると。

「あいつ勘違い野郎だよね笑 ある意味しあわせだね笑」

とかってゆー悪口、つい言っちゃわない?

私はすぐそーいうこと言っちゃうタイプだった。基本的に皮肉屋だったからね。

あんなガツガツしちゃって、ダサいとかさ。

あんな格好しちゃって、イタイとかさ。

成功しても今だけなのに、調子に乗りすぎとかさ。

ブスのくせに自分のこと可愛いとか思ってて見苦しいとかさ。

あいつ高校デビューだとかさ。笑

すぐ、楽しそうな人を影で笑っちゃうクセがあった。

今考えるとあの頃の私は、勘違いしてることが世界一ダサいヤバい終わってることだと思ってた。

別に過去の自分がダメ人間だとか非難するつもりもない。

あの頃の私には、ああいう態度が必要だった。

私は人生が辛すぎて自分が嫌いで、今よりずっと不機嫌な人間だったから。

勘違いは恥ずかしい?

ほんと、おかしいよね。

なんで、勘違いしてることがそんなにダメなんだろう?ダサかったら何?イタかったら何?かっこ悪かったら何?見苦しかったら何?本人が幸せだったら、それだけで100パーセントOKじゃない?

ダサくもイタくもかっこ悪くも見苦しくもないとして、それで幸せなのか?って話。

ダサくないように、痛くないように、かっこ悪くないように見苦しくないように過ごそうとすると、人は慣れたことだけをやるようになる。

実際私は、

「勘違いしてたらどうしよう」

「笑われてたらどうしよう」

って心配しすぎて、自分を一番底辺に置いて、周りに笑われないで過ごすことばっかり考えてた。

成功することより美しくなることより幸せになることより、何より笑われないことが大事だった。

恥をかいて笑われよう

でも私、ダサいけど恥ずかしいけど、もうやるしかないと思っていろんなことをやってみた。

そんで超失敗した。

実際失敗したらわかったの。

誰も私のこと笑ったりしない。

影で笑ってるとしても、そんなこと案外気にならないって。

踏み出す前はあんなに笑われるのが怖かったのに、
実際失敗してみると、どうせバカにされてるなんて気持ちにはならなくて。

恥ずかしくてもちゃんと踏み出したっていうことが誇らしくて、
それ以外のことはあんまり気にならなかったよ。

笑われてても別にいい。

勘違いでも別にいい。

ちゃんと、自分のやりたいことをやらなくちゃ。

そんなのきっと当たり前のことなのに、私にとってはすごく難しかったな…。

人生ほんとうにほんとうに一度きり。

それが心から理解できる時は、人生が終わる時なんだろうね。

私たちはまるで自分の人生が永遠に続くかのように毎日を過ごしてる。

でも、一度きりなんだ。

お笑い種でかまわない。

勘違い女でかまわないから、私は私のやりたいことを、ただ、やる。

どんどん笑われに行こう、と思う。

そのくらいの気持ちでないと、きっといろんなことがやれないで終わってしまう。

ほんとうの成功とかほんとうの幸せなんていらない。

私なりの成功と幸せがあればそれでじゅうぶん。

バカだから勘違いに気づけないとしたら、私はずっとバカでいたいよ。

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