モテるのは「ちょうどいいブス」だからじゃない

モテるモテないの話

りんごです。

たまにはタイムリーなネタに乗っかってみる…って訳でもないんだけど。

ちょうど最近、Rayでの山崎ケイさんのweb連載「ちょうどいいブスのススメ」を読んで注目していたところにドラマ化の話が出て、その後炎上というか、話題になったのを目にしたのでなんとなく一言言いたくなったの。

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「ちょうどいいブス」という言葉は女を救うのか?

まず、ちょうどいいブスって何かいな?という話なのですが、

山崎ケイさんの連載初回の内容から抜粋しますと、

「酔ったらいける女性のこと」

(中略)

自分が“ちょうどいいブス”と認めたことで、モテるようになりましたよ。周りもそういうふうに見てOKだとわかるじゃないですか。

いい女ぶってるブスより、「私、“ちょうどいいブス”なんですよー」と言ったほうが俄然印象がいいんです。ユーモアがある女だとアピールできるし、相手ものってきやすいんです。勘違いブスって男からも女からも嫌われますよね。だから勘違いせずにちゃんと自分の立場をわきまえるって重要なことですよね。

という感じ。

ちょうどいいブスとはこれだ!という定義よりも、

女性が、周囲からの人気を得るために、自己アピールの言葉として使えるツール、という部分がこの言葉のキモですね。

実際山崎ケイさんはこの言葉を積極的に自己紹介に使い始めた結果、モテるようになったとのこと。連載でも「ちょうどいいブスしぐさ」を細かく説明し、世の女性たちに、新しい角度でのモテテクを指南されています。

で、ドラマ化が決まって。

ドラマに込められたメッセージも基本的には連載と変わらないようです。

以下、公式サイトからの抜粋です。

モテない美人よりモテるブス!

あなたも、そろそろ「美人」を目指すのをやめて、

ちょうどいいブス(ちょいブス)を目指してみませんか?

で、まあこのコンセプトが多少ネットで避難を浴びて、炎上してるな〜という現在(やや過去)なのかな。

ドラマに怒っている人たちは、この「ちょうどいいブス」という言葉を女性たちに勧めるスタンスに怒っている訳ですね。で、私も概ね同意です。ブスなんて自分で言うもんじゃない。そんなこと人に勧めなさんなと。

山崎ケイがモテるのは、いい女だから

でも私は、全然別の角度から文句を言いたいなと思った。文句っていうか。文句でもないんだけど、私もこのドラマとか「ちょうどいいブスを目指すべし」みたいなのは全然ピンとこないんだけど、ピンとこない一番大きい理由は。

「山崎ケイさん、いい女じゃん」ってこと。いい女だからモテてるんじゃん。ちょうどいいブスだからモテてるんじゃないよ。

山崎ケイさんは「自分がちょうどいいブスであることを認めたらモテるようになった」って言ってるけど、私はそうじゃないと思う。

「自分のことを堂々とちょうどいいブスだと言ってしまえるその堂々たる態度、逸脱した振る舞いが、自信ありげで魅力的」だからモテるようになったんだと思う。

普通の人がやらないことを平気でやってしまう女の子って、すごく刺激的でミステリアスな感じがするもん。

「ちょうどいいブスのススメ」に従っても多分モテない

連載はすごく面白かった(私はウェブで読めるものは全部読んだ、っていうだけなので、同タイトルの書籍に関してのコメントではないです、念のため)。

山崎ケイさんは鋭い洞察力とユーモアがあって素敵な女性です。ファッションやメイクも、自分に似合うものをしっかり研究してて素敵だし。そりゃモテるよね。

でも、彼女の提唱する「モテるブス」論は、正直参考にならんと思う!!面白いけど!

だって、上でも言った通り、多分彼女がモテるのは「ちょうどいいブス」を自称しちゃうその逸脱ゆえであって、それ以外のテクのせいじゃないから。

だからって、同じように「私ちょうどいいブスなんですよー」って言っても彼女のようにモテるようになるわけじゃない。だって、みんな思うもん。「それ二番煎じじゃん」って。二番煎じは全然逸脱しても、ミステリアスにも見えない。

高慢にならず自己卑下しすぎず自分を際立たせる「ちょうどいいブス」という言葉の魅力を発見し、味方にした山崎ケイさんは本当にすごいと思う。

でも彼女が広めてしまった以上、「ちょうどいいブス」はもう使えない言葉になってしまった。

ドラマになってさらに広まったら、誰が幸せになるのかなあ、

「ちょうどいいブス」って言葉がいらん使われ方をしなければいいなあ、と思いました。

おしまい。

せっかくだからこっちも読んでね>美人に生まれ変わる魔法

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