「服は捨てろ」と言うけれど。断捨離を後悔した話

ただ思ったこと

🍎です。
私、オシャレが大好きなんだけど、下手の横好きとゆーか、いまいち服との付き合いが上手くない。

4年ほど前のことなんだけど、私のクローゼットはなんでこんなにゴチャゴチャなんだ!?なのにどーして、今日着れるものがないんだ??っていうので超なやんでた。

私、もともとちょっと個性的なデザインとかのものが大好きだったから、いびつな形の服が大量にあって、何を着てもまとまとまらなくて。

でね。こんな私じゃダメだ!と思って、クローゼットの中身をすんごい捨てたの。

私がやったのは「人生がときめく片付けの魔法」!

いま着ていない服は捨てる。ときめかない服は、「ありがとう」と言いながら感謝して捨てる。

丁寧に一枚一枚向き合って。

半分?いや7割?8割くらい捨てたかもしれない。

その時、すごくスッキリしたよ。気分爽快で気持ちよかった。

綺麗に片付いてまとまったクローゼットを見て、ほんの少しだけ、オシャレの階段を登れたような気がしたんだ。

だが

でもここからが本題で。笑

私さ、いまメッチャクチャ後悔してるの笑

だってね!捨てた服の中に、今どうしても取り戻したい服がいっぱいあるんだもん!

中でも惜しいのは、アディダスのクロップ丈のジャージ…。

めちゃくちゃ可愛かったな。。

今もってたらと思うと、コーディネートが無限に浮かぶの。。

あと、ブランド忘れたけどフューシャピンクのサマーニットでしょ、あとマークジェイコブスのドット柄のカーディガン、それと国内ブランドのジャケットと赤いブレザー。。。

ああああああ思い出したら泣きたくなってきた。。。

問題は私に自信がないことだった

こんまりさんは全然悪くないの。

「人生がときめく片付けの魔法」はすっごくいい本だし、今でも参考にしてることがいっぱいある。

じゃあ何が悪かったかっていうと、今思えばね。

あの頃のわたし、  自分に自信がなかったなっておもう。

服を捨てまくることによって、
2年も3年も着てないような服をまだ持ってるなんてバカな自分」
「コーディネートもできないような難しい服を背伸びして買っちゃうダサい自分」
「大量の服に囲まれながら、今日着るものも選べないセンスない自分」
みたいな、服にまつわる自分へのマイナスイメージを、ごっそり捨てたような、捨てることができたような気持ちになってた。

これで心機一転、お洒落な私になれる!とか、そんな気分になってた。

でも、私は服を捨てただけ。自分は結局変わらなかった。

服を捨ててからも、ストレスが溜まるととにかく服を買いたくなっちゃうし、何か用事があると、何着て行こうかな〜?アクセサリーはどれかなー?って悩みまくるし、靴なんて無限に必要な気がしてしまう。

数限りなく失敗(着こなしも買い物も)してるし、買ったはいいけど、着てないな…みたいな服、いっぱいある。

クローゼット全然スッキリしてないし、オシャレの仕方もまったくスマートじゃない。

そんな自分だけど、でも、今の私はね、それをそんなに嘆いてなくて。

私ってオシャレじゃんって思う。

客観的にどうとかは、もうどうでもよくって。なんか、わちゃわちゃしてとっ散らかってるけど、そんな私のオシャレ具合、結構良くない?て気がするの。

別に、まわりのひとからオシャレって言われるようになったとかじゃなくて、

このまとまっていない感じ、スマートじゃない感じが、それでもステキだって思えてる。

服が決まらなくてクローゼットをウロウロするのが、私は楽しいんだって気がついた。

昔手放したステキな服、取り戻したい服たちのことを思い出すとね。

自分のセンス、たとえ着こなせないとしても、大好きって言えるデザインの服を買った自分のセンスを、もっと認めてあげればよかったなっておもう。

「たしかに今これは着てないけど、ステキだからとっておこう」って、そう素直に思えればよかった。

捨てることも大事だけど

いらないものを手放す勇気は必要だと思う。

古いものにこだわって、新しい自分を作りだせないのは悲しいことだよね。だから、捨てる技術を身につけることに反対するわけじゃない。

でも、スッキリと暮らすことだけが絶対的な正義じゃない。っていうのがいまの私の考え。

ごちゃごちゃも、ださくても、すっきりしてなくても、それが自分なんだもん。

そのまままるごと愛してあげられたら、きっと、自分に必要な掃除の度合いも、自然とわかってくるんじゃないかなーと思う。まだ完璧じゃあないけど。ちょっとずつバランス取っていきたいよね。

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