「心の排泄」の必要性

ただ思ったこと

今日、息子(1歳)の世話をしながら色々考えた。

息子はまだ、ちょっとしたことでワーンと大声で泣く。

触りたいものを取り上げられた時だったり、ただ単に眠いだけだったり、お腹が空いた時だったり、理由は色々だけど、親の私は彼が泣くたびに「わー泣かないの、よしよし」ってやるわけ。

すぐ理由がわかって泣き止んでくれる時もあれば、何をしても暴れて泣き叫ぶ時もある。

これといった理由もないのに、なんとなく泣くってことが赤ちゃんには結構ある。

そういうのも赤ちゃんにとってはストレス解消のために必要なことらしいんだけど。

で、ここまでは前置きでね(長いかなごめん)

大人も、きっと同じなんじゃないかなと思った。ストレスってどうしようもなく溜まってしまうもので、それを発散させる場が必要だってことが。

赤ちゃんじゃなくなったからといって、理由なくイライラしたり泣きたくなったり、不満が溜まったりすることが急になくなるとは思えないし、実際私たちもそういう「説明できないけど溜まってるもの」はある気がしない?

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ストレスは理由なくたまるもの

体には、摂取した食べ物や飲み物を分解して、不要なものは外に排出するというシステムがあるよね。

おしっこやウンチが出なければ楽だしキレイだけど、出るもんは出るじゃん?

排泄物が出るのは、体が生きるっていうサイクルを回しているからであって、体が汚されたからじゃないじゃん?

心もきっと同じなんじゃないかな。

ストレスを発散するっていうと、私たちは
「嫌なことが起こったら、それを何かで打ち消さないと心に負担になるよ」みたいに考えがちだけど、実際人の心にとっては、ドキドキワクワクすること、楽しいこともストレスの一種らしい。

心がなにかを感じればストレスは絶対に生まれるし、心は定期的にリフレッシュを必要としてるのだ。

体と同じように、心も、生きているだけで余計なものが溜まり、それを定期的取り除かないと死んでしまうんだ。きっと。

アイドルでもトイレには行く

そう考えるとさ。

「いつも怒らない優しい人間でいなきゃ」とか、
「ストレスを溜めずに余裕ある人間でいなきゃ」とか思ってガマンするのって、トイレに行きたいけどかっこ悪いから我慢する、みたいなことと同じかもしれない。

みんな体のことなら「当然トイレは必要」って思ってるのに、心のことになると、ストレスなんて溜まってませんという空気を作るためだけに我慢しまくって、突然人前で漏らしまくる、みたいなことをしょっちゅうやっている。

体にも心にも排泄が必要だ!って考えることで、心の健康が促進できるんじゃないかな?

どうだろう、このアイデア。

私の息子はこれから2歳、3歳となって行く間にトイレトレーニングを行うわけだけど、ストレス社会に生きる私たちに必要なのは、心の排泄トレーニングなのかもしれないね。

りんごでした🍎

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