「モテる=素敵な恋愛ができる」は大きな誤解

モテるモテないの話

こんにちは。林檎でーす。

モテる人っていうと、どんな人を思い浮かべますか。

私の友達は男の子も女の子も、全然モテない人ばっかりです。

モテるっていうのは、「不特定多数にチヤホヤされて口説かれる」っていう意味ね。

私は、素敵な人ほど、そんなにはモテない(少なくとも、ある度合いまでしかモテない)と思ってる。逆にいうと、ウンザリするほどモテてるような人には、ろくな奴がいないぞ(ウンザリするほどモテているあなたは、きっと納得してくれるでしょう。悪い奴め!)

世の中にモテ本とかモテ指南とか超転がってるけど、そんなの目指さなくて良くない?モテとかいらなくない?って思う。

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恋愛で失敗しちゃうのは、モテないから?

みんななんでそんなモテたいのかなって思うんだけど、要するにこのどっちかだと思うんだよね。

  • チヤホヤされることで「自分イケてる!」と思いたい。
  • 恋愛を成就させたい(好きな人とパートナーになりたい。)

でしょ?でさ、前者はわかるわけよ。モテが目的なわけでしょ。でも、後者はおかしいのよ。

モテるかどうかと、恋愛が成就するかどうかは全然別の話。

真面目な恋愛(正しい恋愛、という意味じゃないよ。たとえ不倫だろうが極端な年の差だろうが特定の相手と尊重しあって、幸せな関係性を築くことを指してます)をしたい人にとって、過剰なモテなんて邪魔なだけなんだよね。

モテに関する3つの勘違い

多分、「恋愛を成就させるためにモテたい」って思っちゃう人は、誤解している。

  1. 「自分が振られるのは自分に魅力がないからだ」
  2. 「モテる人とは、魅力的な人である」
  3. 「すなわちモテる人になれば、好きな人にも振られなくなる」

と3段階で考えちゃうんだと思う。でもこれはどれも間違ってる。詳しく説明するとね。

「自分が振られるのは自分に魅力がないから」ではない

あなたが振られたのはたまたま。相手の好みに合わなかっただけ。それだけ。あなたにはちゃんと魅力があります。

「モテる人とは、魅力的な人」とは限らない

モテる=魅力的、というわけではない。モテる人ちやほやされる人は、ただ、モテる、ちやほやされているだけで、それイコール魅力的というわけではない。「売れている小説は全て名作」「小説は全て売れる」なんておかしな話でしょ。売れてる駄作もある。売れない名作もある。人間も一緒だから!目を覚まして!

「モテる人になっても、振られることはある」

本当にさ。これなのよ。めちゃくちゃモテたって、好きな人が振り向いてくれないならどうしようもない。

たとえ振り向いてくれたとしても、関係を築いていけるとは限らない。

どんなにモテても、スムーズにいくのはスタートまでである。付き合い始めることより、いい関係を続けていくことの方がよほど難しいのだ。

それでもモテを目指すなら

「チヤホヤされる」ことだけを目的にしたモテは、それはそれで意味あると思う。

人には、どうしても他人にチヤホヤされたい時期というものがある。

でもある程度結果が出たら、(マトモな人なら)こんなことしても何も楽しくない!ということに気付くんじゃないかな。

人から好かれるのって疲れるのだ。全員と付き合えるわけではないし、タイプじゃない人からも言い寄られる。人を振るのはものすごく疲れる。人は恋愛のことになるとすごく繊細になるから。

チヤホヤされる楽しさにはすぐ飽きてきて、人の好意をかわす面倒くささばかりが残る。

普通の人はそこで後悔して引き返して、「それなりに好感は持たれるけど、必要以上にモテないようにする」ようになる。モテ具合を調整するというか。

一部の「人をふる面倒臭さより、チヤホヤされる楽しさが勝つ」という特殊な人が、「超モテモテ人間」へと進化する。冒頭で「超モテモテ野郎は大抵悪いヤツ」みたいに言ったのは、そういう意味です。モテモテ状態を持続させることができる人って、他人の好意をかわすのが慣れっこになっている。他人を平気でフれるのは、褒められたことじゃないよね。

とにかく「モテ」はそんな良いもんじゃない

っていう話。モテなんてメリットの少ないボンヤリしたものを目指すより、

自分の趣味や仕事、好きなことに没頭した方が、幸せも近づくし、人としての魅力もアップする。

結果的に、自分にぴったりの人と素敵な関係を結ぶことにも繋がるんじゃないかなあ。

いっときの遊びには良いのかもしんないけどね!人を巻き込んじゃう遊びだから、あんまりオススメの遊びじゃないよ。

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